あの人は、なぜそれを選んだのか

偉人の選択

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第15回

聖徳太子なぜ太子は信じられたのか

飛鳥時代〜鎌倉・室町・江戸時代(日本・奈良、大阪、愛媛ほか各地) ・ 12分04秒

厩戸の由来、十人の訴えを聞いた豊聡耳、未来を知る力、慧思の生まれ変わり、黒駒の飛翔、片岡山の飢えた人。聖徳太子には不思議な伝説がたくさんあり、ゆかりの寺は日本中にあります。日本書紀、伝暦、親鸞の和讃、職人の太子講をたどり、なぜ太子は信仰されたのか、その狙いと人々の思いを考えます。実在をめぐる学説も両論を並べます。

ご注意:仏教などの信仰を扱います。特定の信仰の優劣を述べる回ではありません。

この回の台本を読む(12分04秒・カズキとリサの会話)
リサあの人は、なぜそれを選んだのか。偉人の選択。第15回は、聖徳太子です。
カズキこの番組は、史料と研究をもとに、AIの音声でお届けする歴史の物語です。
カズキリサさんは聖徳太子って知ってますか?
リサはい、聞いたことあります!でも教科書には、厩戸皇子って書いてあったような…
カズキそうなのです。昔は誰もが教科書で習った「聖徳太子」。今では「聖徳太子・厩戸皇子」と併記して書いてありますね。今回はそんな聖徳太子について見ていきたいと思います。
リサカズキさん、太子って、すごい話ばかり聞きますよね。十人の話を同時に聞いたとか、空を飛んだとか。
カズキ今日は、そこを考えます。そういう話は、なぜ生まれたのか。なぜ、太子信仰があるのか。その狙いと、人々の思いです。
リサ太子本人の、人生の選択の話ではないんですね。
カズキ太子の内心を書いた同時代の記録は、ほとんどありません。だから見るのは、太子に願いをかけた、あとの時代の人たちです。
カズキまず、太子にまつわる伝説を、いくつか並べてみましょう。
カズキ生まれたときの話。母君が馬小屋の前で産気づき、そこで生まれた。だから、厩戸皇子と呼ばれた。そう伝わっています。日本書紀にも書かれている話です。
リサ教科書の名前に、そんな由来があったんですね。じゃあ、豊聡耳っていう名前は、何なんですか。
カズキ豊かな耳と書いて、豊聡耳。十人の訴えを一度に聞いても、聞き誤らなかった。その話から付いた名だ、と説明されるのが一般的です。
カズキ同じ話には、まだ起きていないことまで知っていた、ともあります。兼ねて、未然を知る。兼知未然と書きます。
リサ未来が分かる人、ですか。それって、占い師みたいじゃないですか?
カズキそう伝わります。ほかにも。中国の高僧、南嶽慧思の生まれ変わりだった、という話もある。慧思後身説と呼ばれます。
カズキさらに、黒駒の話。甲斐の国から献上された黒い馬に乗って、空を飛び、富士山を越えて、遠くまで巡った。と伝わります。
カズキもうひとつ、片岡山の飢人。道ばたで飢えた人に、衣や食べ物を与えた。のちに墓を開けると、遺体が消えていた。その人は聖人だったのだ、と伝わる話です。
リサどれも、本当のこととは思えないですけど。でも、こういう話って、全国にあるんですよね。
カズキええ。ゆかりの寺は日本中にあります。奈良の法隆寺。大阪の四天王寺。兵庫の斑鳩寺。大阪府太子町の叡福寺。
リサあ、そういえば。先日、道後温泉に行ったんです。そしたら、聖徳太子が来たことがある、って書いてあったんですよ!
カズキほう、愛媛ですね。伊予国風土記の逸文、つまり後の書物に引用されて残った文章に、太子が伊予の湯の岡を訪れて、碑を建てたという記事があります。碑文の文面も、その引用の中に残っています。
カズキただ、碑そのものは現存しません。記事には、西暦なら596年にあたるとされる年が書かれていますが、風土記ができたのは、それよりずっとあとです。どこまで事実か、研究者の間でも意見が分かれています。
リサじゃあ、そこも本当かどうかは、分からないんですね。
カズキそうです。ただ、想像ですが、土地の人にとっては、あの太子がうちの湯に来た、というのが誇りだったのかもしれません。
リサ寺も温泉も、日本中に太子が出てくる。それって、誰かが広めようとしたんでしょうか。
カズキそこが今日の問いです。順に見ていきましょう。
カズキまず、十人の話。現存する史料の中で、確実に確認できるのは、日本書紀の推古天皇元年の条です。
リサ日本書紀って、太子が生きていたころの本ですか。
カズキいえ。完成は720年。太子が亡くなったのは、通説では622年。百年近くあとの書物です。
リサ百年あとなら、見た人は誰もいませんよね。じゃあ、何を元に書いたんでしょう。
カズキ書紀より前に、この逸話があったかどうかを示す史料は、見つかっていません。
リサほかの本では、どうなんですか。
カズキ書物によって、人数が違って伝わるものがあります。どれが元の形かは、分かりません。
リサ名前の豊聡耳は、その話から付いたんですよね。
カズキそう説明されるのが一般的です。ただ、名が先にあって、逸話があとから作られた、とする説もあります。
リサ順番が逆かもしれない、ってことですか。ますます分からなくなってきました。
カズキ書紀の段階で、すでに太子は、理想の君主として描かれている。確実に言えるのは、ここまでです。
カズキ太子が亡くなったあと、人々は太子をどう扱ったのか。辞典類では、飛鳥のころは、まだ信仰というより、敬う気持ちだったとされます。
リサいつから変わるんですか。
カズキ奈良時代。法隆寺や四天王寺で供養の行事が営まれ、太子を菩薩のようにみる伝記も出てきます。
リサ亡くなった人を、神様みたいに扱い始める、ということですね。
カズキそうです。そして917年に成立したとされる、聖徳太子伝暦。ここで伝説は、ほぼ出そろいます。太子は、救世観音という観音さまの化身とまで語られました。
リサ十人の話を聞く人から、観音さまに。だいぶ大きくなりましたね。誰が、何のために、そうしたんですか。
カズキ一人の誰か、ではないようです。お寺にとっては、自分たちの由緒を語る、後ろ盾になる。政治の側にも、立派な人物の像が必要だったかもしれません。
リサ普通の人たちは、どうだったんでしょう。
カズキ民衆には、民衆の願いがありました。そういう層が、いくつも重なった、と説明されます。ただ、どの層が一番強かったかは、研究者でも意見が分かれています。
カズキ鎌倉時代になると、太子信仰は頂点を迎える、といわれます。その一人が、浄土真宗の祖、親鸞です。
リサ親鸞は、太子をどう見ていたんですか。
カズキ太子をたたえる和讃、つまり歌を、いくつも作りました。そこで太子を、和国の教主、日本の教えの主と呼んでいます。
リサずいぶん厚い敬意ですね。
カズキもうひとつ、伝わる話があります。のちの世の救いを求めていた親鸞が、京都の六角堂にこもったとき、太子の示現を受けて、法然のもとへ向かった、というものです。
リサそれって、本当にあった出来事なんですか。
カズキ寺や伝記に伝わる話です。細かい中身は、書物によって違うともいわれます。だからここでは、そういう話が伝わっている、というところまでにします。
リサ親鸞は、太子の不思議な話を、信じていたんでしょうか。
カズキ和讃では、太子を観音さまの化身として、たたえています。ただ、黒駒で空を飛んだ話まで信じていたかは、はっきりしません。想像ですが、飛んだかどうかより、迷っている自分を導いてくれる存在として、太子を必要としたのかもしれません。これは、あくまで解釈です。
カズキ太子信仰は、お坊さんだけのものではありませんでした。太子講というものがあります。
リサ太子講、ですか。
カズキ室町のころまでさかのぼるとも考えられ、江戸時代には、大工や左官などの間で、広く営まれました。毎月22日、とくに2月22日に集まって、日当や仕事の割り振りを決めたそうです。
リサ給料と仕事の分担を決める日に、太子を祀るんですか。
カズキそうです。大工の技の祖として、曲尺を持つ太子の像もあります。
リサ私のバイト先でいえば、シフトとお給料の話し合いの前に、守り神にお参りするようなものかな。拝むというより、ここでもめないでください、って願う感じですね。
カズキいい例えだと思います。太子が大工の親方だった、という話ではありません。職人たちが、自分たちの守り神に、聡明で公平な人として語られる太子を選んだ、とも読めます。これも、想像の域を出ません。
リサ職人さん以外にも、太子を拝んだ人はいたんですか。
カズキいました。近世の信越国境、秋山郷という山里では、黒駒の太子の絵が信仰の対象になった例が、報告されています。人々は、その絵の前で、極楽往生を願ったそうです。
リサ黒駒って、さっきの空飛ぶ馬ですよね。
カズキええ。あの黒駒が、山里の人々の祈りの先に、なっていたようです。
リサカズキさん、結局、各地の伝説は、本当に太子のしたことなんですか。
カズキ整理すると、混ざっているようです。ひとつは、太子の実際の行いが元になったもの。ふたつめは、書紀や伝暦のころ、またそのあとに広まった、奇跡の話。三つめは、各地の寺や職人たちが、自分たちの由緒を太子に結びつけたもの。
カズキそして今回取り上げた伝承のどれについても、太子本人の行いだと裏づける、同時代の記録は見つかっていません。
リサそれ、ちょっとがっかりする答えですね。
カズキそうかもしれません。学問の世界では、1999年に大山誠一さんが、太子の事績の大半は、日本書紀を編むときに作られた、という説を出しました。虚構説と呼ばれます。ただ、厩戸皇子という人物がいたこと自体は、否定していません。
リサいなかった、という説ではないんですね。
カズキはい。これに対して、石井公成さんらが、反論しています。通説では、実在して、推古天皇のもとで政治を担った人物と見られています。高校の日本史教科書には、厩戸王と併記するものがあります。ただ、虚構説が通説になったわけではありません。
リサ結局、どっちが正しいんですか。
カズキこの場で決めることは、できません。
リサじゃあ、私の想像ですけど。十人の話を聞ける太子って、みんなが「自分の話をちゃんと聞いてほしい」と思っていたから、生まれたのかもしれませんね。
カズキ想像でいいと思います。時代ごとに、別の人が、別の願いを、太子に重ねていきました。寺は由緒を、為政者は理想の姿を、職人は仕事の守りを、山里の人は、死んだあとの救いを。
カズキ太子が本当に何をしたのか。そして、人々が太子に何を見たのか。この二つは、分けて考える必要があります。あなたは、誰かに、どんな願いを重ねているでしょうか。また次の人物で。

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