この回の台本を読む(9分55秒・カズキとリサの会話)
リサあの人は、なぜそれを選んだのか。偉人の選択。第13回は、トマス・モアです。
カズキこの番組は、史料と研究をもとに、AIの音声でお届けする歴史の物語です。
カズキ1534年の春。ロンドンで、一人の男が役人たちの前に呼び出された。求められたのは、紙に書かれた文章に、誓いを立てること。それだけだ。
リサ誓うだけ、ですか。署名して終わりなら、簡単そうに聞こえますけど。
カズキところが彼は、その一回の誓いを断った。そしてそのあと、彼が選んだのは、死ぬことではなく、言わないことだった。それで何が守れるのか、見ていきたい。
リサでも、こういう話って、最後は処刑されるんですよね。
カズキそう。結果から言えば、うまくいかなかった。それでも、何を試したのかを見たい。主人公は、トマス・モア。
カズキモアは、16世紀イングランドの法律家で、学者でもある。1529年から1532年まで、国王ヘンリー8世のもとで大法官、つまり法と裁判を預かる最高位の役職の一つを務めた。法のプロ中のプロだ。
リサそんな人が、どうして誓いを断ることになったんですか。
カズキ発端は、国王の結婚問題だ。ヘンリー8世は、王妃との結婚を解消して、アン・ブーリンと結婚したかった。でもローマ教皇は認めない。そこでイングランドは、教皇と距離を取る方向へ進んでいく。
カズキ1534年3月30日、継承法が裁可された。アンとの間の娘、エリザベスが王位を継ぐ順位を定める法律で、前文には、教皇の権威を否認する趣旨が含まれていたと伝えられている。
リサ王位を継ぐ人の法律に、どうして教皇が出てくるんですか。
カズキ王の再婚を正当とするには、それを認めなかった教皇の判断を退けることになるからだ。ちなみに、至上法と反逆罪法ができたのは、同じ年の11月。あとからだ。
リサじゃあ、この時点では、断ったら死刑という法律は、まだなかったんですか。
カズキそこは言い切れない。宣誓を拒んだ罪が法的にどう扱われたのかは、はっきりしない。確かなのは、拒否のあと塔に入れられ、11月に新しい法が加わり、1535年の裁判では、至上権を否定した罪で起訴された、ということだ。
カズキ1534年4月13日。ロンドンのランベスで、大司教クランマーや、国王の側近トマス・クロムウェルらの委員会が、モアに宣誓を求めた。答えはこうだ。継承そのものは受け入れる。でも、示された宣誓文には誓えない。
リサ継承はいいのに、誓いはだめ、なんですか。
カズキモア自身が娘への手紙で、この宣誓文に誓えば、魂が永遠の断罪の危険にさらされる、という趣旨を書いている。ただ、どの文言が決定的だったのかは、はっきり言えない。
リサ委員会には、その理由を説明したんですか。
カズキ具体的な理由は、公には語らなかったとされる。家族はすでに宣誓を済ませていた。娘のマーガレット、愛称メグは、父に誓うよう勧める手紙を送り、面会もした。それでもモアは断った。
リサ家族はみんな誓ったのに、自分だけ誓わないって、きついですね。理由を言えば、楽になりそうなのに。
カズキ想像だが、理由を言葉にした瞬間、それは国王への反対意見として扱われかねない。法律家のモアには、それが見えていた可能性がある。ここで知っておきたいのが、沈黙は同意とみなされる、という法の原則だ。モアは、のちの裁判でこれを持ち出したとされる。
リサ既読スルーしたらOKの意味になる、みたいなことですか。
カズキ近いね。反対だと口にしない限り、反対したとは扱えない。想像だが、嘘の誓いは立てられない、でも反対とも言わない、その間の細い道を探したのかもしれない。本人はそう書いていないから、これは解釈だ。
リサでも、賛成とも反対とも言わないなんて、ずるくないですか。
カズキそう感じる人もいるだろう。ただ、嘘で誓えば自分の良心に背く。堂々と反対すれば、王への反逆になりうる。二つのあいだに残ったのが、沈黙だった、とも読める。4月17日までに、モアはロンドン塔に入れられた。
カズキ塔の中で、モアは一年以上、国王の至上権についての意見を口にしなかった。獄中で書き物はしているので、沈黙は、その一点についてだ。のちの裁判では、尋問への回答拒否も、訴えの一つに挙げられている。
リサ一年以上ずっと黙っているなんて、私なら何か言いたくなっちゃいます。モアさんは、揺れなかったんでしょうか。
カズキその気持ちを示す史料はない。想像だが、黙り続けること自体が、戦いだったのかもしれない。そして11月、反逆罪法と至上法が成立する。国王を教会の長と認めるか。その問いが、法の形で突きつけられた。沈黙の細い道は、ここでさらに狭くなる。
カズキ1535年7月1日。ウェストミンスター・ホールの裁判で、モアは、悪意をもって国王の至上権を否定した、という罪に問われた。
リサ悪意をもって、というのは、わざと、ってことですか。
カズキここが勝負どころだ。モアは、自分は何も言っていない、沈黙は同意とみなされる、だから悪意はない、と弁じた。ところが判事たちは、悪意を「故意に」という意味で読んだ。黙っていても、故意に認めなかったのなら当てはまる、という理屈だ。沈黙の弁は、通らなかった。
リサリチャード・リッチの証言も出てくるんですよね。
カズキ法務次官のリッチが、モアが王の教会の長という地位を否定した、と証言したとされる。モアは、仮定の話だったと全面的に否定した。この証言の真偽は、今も研究者のあいだで評価が割れている。だから、ここでは断定しない。
カズキ陪審は、約15分で有罪としたとされる。刑は国王の判断で、斬首に減刑された。1535年7月6日、モアはタワー・ヒルで斬首された。最期の言葉は、記録によって文言が違う。趣旨としては、国王の良き僕として、しかしまず神の僕として、と伝わっている。
リサ沈黙で乗り切れると、本人はどれくらい信じていたんでしょう。
カズキそれも史料がない。ただ、結果ははっきりしている。守ろうとしたものは、沈黙では守りきれなかった。
リサここまで聞くと、立派な人に思えます。でも、それだけの人なんですか。
カズキいい質問だ。モアは、大法官だった時期に、異端、つまり教会の教えに反するとされた人々に厳しく臨んだ。この時期に、異端で焼かれた人が複数いる。人数は、資料によって割れている。
リサ自分は良心を曲げなかったのに、他の人の信じることは焼いたってことですか。
カズキそう感じる人は多い。ただ、火刑の判決は教会側の手続きで、モア本人が言い渡したのではないと見る研究者もいる。取り締まりに積極的だったことは確かで、評価は割れている。モアは、自宅で異端者を拷問したという告発を否定した。ただ、自宅に拘束したこと、二人を鞭で打ったことは認めたと伝わる。当時の多くの人は、教会の教えの違いが国の秩序を揺るがすと考えられていた。だから許されるわけじゃない。ただ、モアの良心は、その時代の中の良心だった、というところまでは言える。
カズキ年号を振り返ろう。1534年3月30日、継承法。4月13日、モアは宣誓文を拒否した。同じ年の11月、反逆罪法と至上法。1535年7月1日に裁判、7月6日に斬首。その間ずっと、モアは拒む具体的な理由を、公には語らなかった。
リサもし私が、みんなが賛成している決め事に、賛成とも反対とも言いたくなかったら、黙っていると思います。でも、それが守ってくれる保証は、ないんですね。
カズキ何を考えて黙っていたのかは、記録に残っていない。あなたなら、周りの全員が誓っているなかで、理由を言わずに、一人だけ断れるだろうか。言わない自由は、あなたを守ってくれるだろうか。あの人は、なぜそれを選んだのか。また次の人物で。